ライオンズのドラフト(2000)

※通算貢献度は2012年シーズン終了時点
順位選手名所属守備プロ入り後通算貢献度
1大沼幸二プリンスホテル投手速球を武器に先発、中継ぎ、抑えと役割を変えながら好不調を繰り返した。
2011年シーズン前にトレードで横浜へ。
226
2三井浩二新日鉄広畑投手高校卒業時はドラフト指名を拒否し、社会人から逆指名でプロ入団。
2年目には2桁勝利を挙げるなど、当初は先発として活躍。以後は主に貴重な中継ぎ左腕として活躍。
2008年オフにポスティングシステムを利用するも獲得球団なくライオンズと再契約。
翌2009年シーズン後に戦力外通告。
291
3帆足和幸九州三菱自動車投手独特のフォームとパームボールを武器に1年目から徐々に登板機会を増やし、2桁勝利以降はローテーションの一角を担う。
安定した活躍で、先発左腕の代名詞「47」を背負い選手会長も務めたが、2011年オフにFA権を行使して福岡ソフトバンクへ移籍。
417
4佐藤友亮慶応大外野手体格的には恵まれていないが、基本に忠実なプレーは評価が高く、当初は二塁手でも出場。
打撃力に難があり、レギュラーとしての活躍はないが、守備固めの外野手として、勝負所での代打や繋ぎ役としてそつのないプレーを続けた。
2012年終了後に引退。
142
5中島裕之伊丹北高内野手ドラフト下位入団も「ポスト松井稼頭央」としての英才教育に見事に応えて、日本球界を代表する遊撃手となる。
右方向への長打も打てる勝負強い打撃が持ち味で、走力も持ち合わせている高いレベルで3拍子揃った選手。
2011年オフにポスティングシステムを利用して移籍交渉を行ったが、不調に終わり残留。
翌2012年オフに取得した海外FA権を行使して、アスレチックスへ移籍。
558
6野田浩輔新日鉄君津捕手アマチュア時代か捕手として評価があったが、細川や炭谷といったライバルとの「ポスト伊東」争いでは2番手以降に甘んじた。
ただ、貴重な控え捕手としての存在感は抜群で、日本シリーズなどでも安定した実力を発揮。
故障も抱えながら出場機会がなく、2011年オフに戦力外。
89
7水田圭介プリンスホテル内野手高校時代の長距離砲のイメージは影を潜め、プロ入り後は内野の複数ポジションを守れるユーティリティ・プレーヤーとして守備固めによる出場が続いた。
2009年シーズン中にトレードで阪神へ移籍。
39
8福井強プリンスホテル投手プリンスホテルの野球部廃部による特例措置で高卒2年後に入団。
変則左腕として期待もあったが、1軍登板なく2004年に戦力外。
0

ドラフト前

即戦力としての評判が大学生に集まった。その中で、投手の最上位に支持されていた山田秋親(立命館大)と山村路直(九州共立大)の2投手とも逆指名でダイエーを指名し話題になった。
その他では、山田と同じくシドニー五輪代表に選出された阿部慎之助(中央大)が巨人を逆指名。
高校生には内海哲也(敦賀気比高)を筆頭に、埼玉県で評価を2分した中里篤史(春日部共栄高)、坂元弥太郎(浦和学院高)などの投手が人気。

ドラフト当日

注目の高校生は指名が重複せず、それぞれ交渉権を得るも、オリックスと内海の交渉は不調に終わり入団拒否へ。
ライオンズは上位3人でいずれも社会人投手を指名し、投手の即戦力を求めた。その他下位まで見渡しても唯一の高校生指名となったのが、高校時代には内野手としては評価されていなかった中島。

ドラフト後

いずれの選手も社会人や大学からの入団で1軍出場機会はすぐに得られ、上位指名3投手はいずれも主力として活躍。
佐藤・野田も1軍に常時帯同する欠かせない選手に。
それら以上の成果はプロ入り後に本格的に遊撃手としてキャリアをスタートした中島の大成。走攻守にわたりライオンズの看板選手となり、改めて“育成のライオンズ”の真骨頂を発揮した。